書き続けなければならない

私は超がつく程の面倒くさがりで継続する力も意思も持ち合わせていない。興味関心は常に移ろいやすく、長く続いている趣味といえば映画鑑賞くらいのものだ。
それ故に、憧れていた人がいた。大学時代の教授だ。と言っても授業を履修したことはなかったのだが、シラバスの片隅にあったURLを辿ると、そこには彼が何十年も続けている日記があった。起床時間、気温、日々の出来事。ただそれだけの記録が、毎日欠かさず積み上げられていた。
いいねも、コメント機能もない。承認欲求の円環に居る今の私たちからすると信じ難い行為だが、しばらく読み進めるうちに、彼は自らの秩序と魂のために書いているのだと悟った。それから数年単位でその日記をブックマークし、定期的に読み耽った。決して面白い内容ではなかったが、ただその継続力に敬服していた。​眠れない深夜、ページを開くと、私と同じ「今日」の記録が必ずそこにある。それを確かめるだけで、安心して眠りにつくことができた。
大学を卒業し、スマホの買い替えと共にブックマークは消えた。それでも時折ふと思い出して検索しては更新を確認し、胸を撫で下ろしていた。
今日、大学からの友達と話している時にその日記を思い出し、会話のネタにと検索したところ、そのページが無くなっていた。そんな訳はない、有り得ないと思い、ブラウザを変えて再度検索したが、やはり教授のホームページは丸ごと「存在しないページ」になっていた。2000年頃から20年以上書いていたものが跡形もなく消えてしまうとは、何かあったのだろうか。心配になった。
しかし同時に、これは私にバトンが渡されたということかもしれない、と勝手ながら直感した。憧れるのはやめて、私も書き続けなければならない、己の魂のために。誰も見ていなくても。誰も見ていないからこそ。
だから私は今日から書き続けることにした。