学校では教えてくれない富岡製糸場:工女と蚕と資本主義の闇

4/6(月)、旅行2日目に富岡製糸場へ足を運んだ。

今回ここを目当てに旅行へ行ったのは、昨年11月から始めた世界遺産検定の勉強がきっかけだ。学習を進める中で「自分は日本の世界遺産に全く興味がない」と心底自覚し、それなら現地へ行って学ぼうと考えた。富岡製糸場は東京からアクセスが良く、さらに12月に合格した3級の認定証を持参すれば豪華なブランドブックがもらえるという特典も、背中を押してくれた。

磯部から富岡製糸場までは車で20分。60%オフクーポンを活用するため、前日にUberを予約して向かった。地方での配車に不安もあったが、予約すると問題なかった。運転手さん曰く、Uber経由の依頼はまだ2回目だそうで「なぜUberを使うのか」と珍しがられたのが印象的だった。「友達紹介のクーポンがあるんですよ」と伝えたがピンと来ていなさそうだった。

現地に到着し、入場料1000円とガイドツアー代200円を支払う。平日にしては家族連れや高齢者で賑わっており、世界遺産としての知名度の高さを実感する。ガイドツアーでは、40分かけて解説員の方が各建物を回りながら歴史的価値や生糸の作られ方を丁寧に説明してくれた。

ロゴ入りパナガイド

パナガイドの配布もあり、このツアーの満足度は非常に高かった。テキストを読んでいるだけではピンとこなかった「木骨レンガ造り」「フランス積み」「トラス構造」といった用語が、実物を目にすることでようやく理解できた。今後の学習も、動画や現地での視覚情報を先行させるのが重要だと痛感した。どうしても英単語の暗記のように文字だけで覚えてしまいがちだからだ。

トラス構造

ただ、どうせ誰も読んでいないだろうから思想強めだが一点書いておきたい。 富岡製糸場が世界遺産であること自体に、私は若干の違和感を覚えたのだ。それは産業遺産としての地味さゆえではない。この施設から、資本主義社会が抱える「負の側面」を強く感じてしまったからだ。

そもそも富岡が世界遺産として評価されているのは、近代生糸産業の初期~終わりを見届けた100年以上前の工場が良好な状態で現存している点や、フランスとの技術交流を通じて世界の絹文化の大衆化に貢献した点にある。だが、私の意識はどうしても、そこで働いていた10代〜20代の「工女」と呼ばれた少女たちに向いてしまう。

国営ゆえに労働環境は「ホワイト」だったという説明が一般的だ。1日約8時間労働、食事・病院付き。しかし、富国強兵という国威発揚のために、少女たちが機械の一部のように扱われた側面は否定できない。そして、ここで稼いだ外貨の多くは、軍艦の購入費など、その後の戦争の足がかりへと消えていったのだ。当たり前だが、戦争では人が死ぬ。

ツアー中、ある年配の女性が解説員に「映画『あゝ野麦峠』のように、ここも実際は過酷だったのでは?」と鋭い質問をぶつけていた。解説員は「富岡はあそこまで寒くないし、労働環境は良かった」と否定されていたが、売店で手に取った『富岡日記』(和田英・著)には「食事が粗末だが、時間が無く味わう暇もない」といった記述があった。別の資料によれば、富岡製糸場では結核などで50名以上の少女が亡くなっているという。

「文化遺産はどれも誰かの犠牲(≒努力)の上に成り立つものだ」と言われればそれまでだが、私にはここが、少女たちの搾取の上に軍備を整えた歴史を示す、ある種の「負の遺産」のように見えてしまった。当時の工女の月給が1円〜1.75円だったのに対し、フランス人指導者のポール・ブリュナが700円を得ていたという格差も、その思いを強くさせた。(当時の富岡製糸場で働いていた工女の数は300人ほどである)

さらに言うのであれば、生糸の原料である「蚕」という生物そのものについても問題がある。蚕は、人間の手による長年の品種改良の末、自力では自然界で生き抜くことも、飛ぶことさえもできなくなってしまった生物なのだ。人間によって都合よく作り替えられ、文字通り「生糸を出す機械」として生涯を終える。その存在自体に、私は拭いきれない倫理的な問題を感じてしまった。

産業遺産としての富岡の価値は認めつつも、そこにあった少女たちの搾取、そして生物への一方的な改変。それらを肌で感じた今、私は今後の人生において、シルクという素材をボイコットしたいという思いを強くしている。

……と、少し熱くなってしまったが、世界遺産を学ぶ者にとって非常に有意義な施設であることは間違いない。「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する他の3資産についても模型付きで解説されており、展示の充実は目を見張るものがあった。京都の世界遺産群も見習ってほしいほどだ。

2.5時間ほど滞在し、無事にブランドブックも手に入れ、大学の卒業証書を受け取った時のような、ささやかな誇らしさを胸に後にした。

この後は「こんにゃくパーク」へと向かったのだが、長くなるのでそれはまた別の記事で。

P.S. ちなみに帰宅後、母に勧められて映画『あゝ野麦峠』を鑑賞した。資本主義社会と資本家の身勝手さを容赦なく描いた素晴らしい作品だった。そして痛感したのは、人間を資本のための機械として扱う構造は、決して過去の話ではないということだ。現代におけるAmazonの巨大倉庫や、ウイグルでの不当な労働が指摘されるSHEINの工場など、形を変えた「富岡製糸場」は今この瞬間も存在し続けている。「昔は大変だったね」という感傷だけで終わらせてはいけない。だからこそ、富岡製糸場のような場所は、単なる成功美談だけでなく、その裏にある真実をもっと真摯に伝えてもよいのではないかと思う。