先日、TOHOシネマズ錦糸町へ『ザ・ブライド!』を観に行った。17時に仕事を切り上げ、急いで劇場に入ったところ、驚いたことに広い場内には私の他にもう一人しかいない。数々の映画館に足を運んできたが、ここまでのほぼ貸し切り状態は初めての経験だった。
平日の17:25という絶妙に中途半端な時間帯だったせいもあるだろう。鑑賞環境としてはこの上なく快適だが、ここまで人がいないと「流石に赤字では……」と心配になるレベルだ。これでは洋画の上映回数が減らされてしまうのも無理はない、と妙に納得してしまった。
配信で気軽に映画を楽しめるようになって久しい昨今、「映画館派か、自宅鑑賞派か」という議論をよく耳にする。私は断然、劇場鑑賞派だ。そのために都心に住んでいると言っても過言ではない。しかし最近では、あのデヴィッド・クローネンバーグやジム・ジャームッシュ監督ですら「自宅鑑賞派」に転じているという話を聞く。クローネンバーグに関しては年齢的なこともあるだろうが、劇場で誰かと一緒に映画を観ることに魅力を感じないのが理由の一つのようだ。(参照:https://theriver.jp/cronenberg-jarmusch-talks-theater/)
確かに、劇場で集中が削がれる原因となる「席ガチャ」に外れる確率は決して低くない。 私の経験を挙げれば、隣の人が持参したケーキを箱から出して食べ始めたり、夏場のキツい汗の匂いが漂ってきたり、はたまた終始独り言が聞こえてきたり、スマホをいじりはじめたり……。こういった客に遭遇するのはシネコン、ミニシアターに関係なく、枚挙にいとまがない。そんなリスクを避けるため、最近の私は少しでも他人が隣に来る確率を下げるべく、一番端の席を陣取るのが定番化している。
それでも私が映画館に執着するのは、そこが「強制的に映画と一対一になれる場所」だからだ。昨今の長尺化する映画、特に2時間30分を超えるような作品を、誘惑の多い自宅で集中力を切らさずに鑑賞し続けるのは至難の業だ。
最近は自宅鑑賞時にはスマホ封印ボックスを導入するなど、映画に集中できる環境作りに努めている。しかしそれでも狭い1Kの部屋では、どうしても洗わないといけないコップや未達成のTo doリストなど、視界の端に常に「生活」が滲んでしまうのがノイズになる。
映画を観ることは、私にとって必要不可欠で切実な現実逃避でもある。映画鑑賞中に自分の生活を感じる瞬間など、一瞬たりとも要らない。逃げ込んだ暗闇の中で、スクリーンと他人の人生だけに没入したい。だから私は、今日も映画館へ向かう。
